9月の思い出

2018年9月 スイスのGais

 たくさんある9月の思い出の中でも、忘れられないもののひとつに2018年のスイスドイツ旅があります。チーズとワインの専門家たちとスイスのアッペンツェルに始まり、オクトーバフェスト時期のミュンヘンの街まで北上していく旅程でした。一帯は過去30年間通って親しんできたエリアでしたが、社外の方とご一緒するのは初めての機会だったこともあり、新鮮な気づきがたくさんありました。そのうえ写真でご覧いただけるような好天続きで、目にも鮮やかな印象がたくさん残っています。たった2年前のことですが、今の状況にあっては遠い夢の中のできごとに思えます。

 アッペンツェルはご存知のようにスイスチーズの有名な産地です。南ドイツのチーズ作りもこの辺りから学んだ点が多く、その後に訪れたアルゴイやテーガン湖の作り手さんと比較してとても面白く見学しました。後発の取り組みにはどうしてもさらなる工夫とか技術の進歩があり、見るべき長所が多いと思ってきたのですが、そんな理屈を超えて、スイスの山の美味しい空気の中で味わうチーズは格別の味でした。クララ(アルプスの少女ハイジの)の気持ちが初めて分かった気がしました(笑)

   同エリア特有のソーセージ料理

 2枚目の写真は、アッペンツェル近郊でしか見られないソーセージの一皿。ウィンナー風のシンプルな味わいのソーセージを一口大にカットし、玉ねぎのみじん切りとともにたっぷりのクリームソースでいただくというもの。これが当地の白ワインと良く合い、とても印象的でした。日本でもそうだと思うのですが、食というのはとても繊細で、地域色が濃いということをあらためて知り、世界中には「ここでしか食べられない味」というのがいったいどれほどあるのか…気が遠くなるような思いがしました。その晩に見た満天の星、プラネタリウムですら見たこともないほど、そして天の川の印象が薄れるほど空いっぱい広がる星、星、星、の光景と相まって眠れなくなるほどの夜。この先も忘れることはないと思います。

クリームのシュトゥルーデル

 ミュンヘンの友人が作ってくれたクラシカルなシュトゥルーデルも素敵でした。単に美味しいというお菓子なら他にいくらでもあるでしょうが、ご家族に伝わるというレシピに従い大きなオーブン皿いっぱいに焼き上げられたクリームとレーズンだけのシュトゥルーデルは、見た目の素朴さと正反対にご家族の歴史を背負うような迫力がありました。すでにお腹いっぱいだったのに何度もお代わりして食べたこと。そして友人のとっておきのピノグリージョを開けて飲み干してしまったこと。ドイツでは地のワインをいただくことが多いので、イタリアワインは味見だけと思っていたのに、その日のデザートとは最高のハーモニーだったのです。旅先の食事はひとりで静かに取るのも好きですが、その土地に暮らす人たちと彼らが大事にしている味をシェアさせてもらうひとときの喜びは、言葉にし難いかけがえのないものになります。あらためて写真を眺めながら、旅で出会った人たちや訪れた場所のことを思い返していると時間の経つのも忘れ、胸の奥からじんわり温かくなってきます。

 コロナと生きるという逃れられない現実にいても、心の中で飛んで行かれる「旅先」をもっていることは幸せなのかもしれません。日数を費やした遠くへの旅をするのは今難しくても、いつもと違うパンを求めていつもと違うメニューとともに、ちょっとおめかしした食卓に並べてみる。そんなこともある意味小さな旅といえるかもしれません。タンネのパンでそんなお手伝いができればとても嬉しいなぁとふと思いました。